英語、もう勉強しなくていいかも――そんなことをふと思った日がありました。
うちの子は現在小学3年生。春から4年生になります。これまで英語学童に通い、英検5級を目指すくらいのレベルまで来ました。中学受験も視野にあるため、英語に割ける時間は限られてきていますが、それでも「将来、海外でも活躍できる人になってほしい」という思いから、英語教育は続けていきたいと感じていました。
しかし最近、ふとこんな疑問が浮かんだのです――
「もう、英語はAIに任せたらいいんじゃない?」
今、私たち保護者が立ち止まって考えるべき問いは、こうしたものかもしれません:
- AI時代に、子どもが英語を学ぶ意味はあるのか?
- もし意味があるなら、それはどんな英語力なのか?
- 海外では、英語教育をどう捉えているのか?
- AIがあれば、英語は不要になるのか?
AIが翻訳してくれる時代に、英語を学ぶ意味とは?
DeepLやChatGPTといった高性能な翻訳ツールが普及し、「英語を使えなくても、なんとかなる時代」になりつつあります。
ただ、そうしたツールはあくまで「言葉を変換する補助」にすぎないとも感じています。たとえば、自分の考えや感情をその場で伝えたり、相手との空気を読み合うような会話では、AIだけでは限界があるように思います。
つまり、「伝える力」と「つながる力」としての英語は、まだまだ大きな価値があるのではないでしょうか。
人間にしかできない“英語の使い方”
ビジネスや国際交流の場では、通訳を介すより、直接相手の言葉で話すことで信頼が生まれる場面が多くあります。表情、間、声のトーンなど、言葉以上に伝わる情報があるからこそ、「自分の言葉で話す力」には特別な意味があると思うのです。
また、リアルタイムでの英語での議論や交渉など、人間的な判断やタイミングが問われるシーンでは、AIを介すとワンテンポ遅れることで、言いたいことが言えなくなることもあります。
さらに、世界の最新研究・国際ニュースの多くは英語で発信されており、英語が理解できることで「世界の情報にアクセスできる力」が広がる実感もあります。
海外では“使える英語”をどう育てているのか?
非英語圏の国々でも、英語を“第二言語”として学ぶ重要性は変わらず認識されています。たとえばフィンランドでは、CLIL(内容言語統合型学習)と呼ばれる手法で、理科などの授業を英語で行うことで、英語を自然に“使う”力を育てています。
また、EUでは「母語+2言語」の習得が奨励されており、英語はその中心にあります。英語4技能(聞く・話す・読む・書く)を評価する受験制度も広がっており、AI時代でも「人が言語を通じて考える力」は重視され続けています。
中学受験と英語教育、どう両立していく?
わが家でも、中学受験と英語教育のバランスには日々悩んでいます。ただ、どちらかを完全に諦めるのではなく、無理のない形で並行して続ける工夫があればと思っています。
たとえば、英語を「週末の課外活動」として位置づけることで、気軽に継続しやすくなります。英語のアニメや映画、オンライン英会話など、楽しみながら触れられる機会を設けることも効果的です。
また、英検を学習の目標に設定するのも一案です。最近では中学入試でも英検を活用する学校が増えており、加点や一部科目免除といった優遇が得られるケースもあるようです。
英語は“世界を知る手がかり”になる
英語を学ぶことで得られるのは、点数や資格だけではありません。子どもが海外の動画を観たり、外国の子と交流したりすることで、自然と視野が広がり、世界との接点が増えることもあります。
英語は、「将来のためのツール」であると同時に、「今この瞬間に、世界とつながるための手段」でもあるのかもしれません。
たとえAIが翻訳してくれる時代であっても、英語を学ぶ価値は残り続ける――。私はそう信じています。
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